今回は伝え方のテクニック的な部分について書きたいと思います。なにかお願いがあるときに、どのように伝えれば、こちらの要求が通る確率が高まるのかを考えていきます。こちらの本を参考にしています。
自分の要求をストレートに言わない
相手の好ましいことと一致する表現をする
なにかお願いがあるときは、そのお願いをそのまま口にするのではなく、相手の頭の中を想像して、相手のメリットに一致するかたちで文脈を組み立てていきます。
例えば、フィットネスクラブでウェイトスタック式のマシンを利用中の方が、勢いよく重りを下ろしてガチャガチャと大きな音を立てているとします。周りの方の迷惑になるため、ジムのスタッフは注意をしなければなりませんが、このときどのように声をかければ、スムーズに改善してくれる確率が高まるでしょうか。
まず、こちらの要求をそのまま口にした場合は「他のお客様のご迷惑になりますので、大きな音が出ないようにゆっくりと下ろすようにしてください。」といった感じになるかと思います。
しかし、これだと「俺が迷惑かけてるって言ってんのか?」という風になって、事態がややこしくなってしまう恐れがあります。
他の伝え方を考えるために、相手の頭の中を想像してみます。トレーニングをしているということは、少なくとも何かしらの効果を得たいと思っていることは容易に想像できます。
そこで「ゆっくり下ろしてもらった方が、トレーニングの効果が高まるので、下ろす局面ももう少し意識してやってみると、より良いトレーニングになりますよ。」という声かけをすることができます。
相手は、「トレーニング効果が高まるのなら、、、」という理由で、マシンの扱い方を改める可能性が高いです。相手にとってのメリットにこちらの要求を織り込むことで、結果的に大きな音を立てているという状況は解消することができます。
相手の嫌なことを提示し、回避させる
しないで欲しいことがあるときに、それをやめてもらう伝え方として「嫌いなこと回避」があります。これは、デメリットを伝えて、それを回避するように促す方法です。
さきほどとは違ったシチュエーションで考えてみます。
例えば、駐輪禁止エリアの無断駐輪をなくしたいという願望があるとします。貼り紙には何と書けば効果があるでしょうか。
この願望を、そのまま表現すれば「駐輪禁止」と書くことになりますが、これではありきたりであまり効果が望めなさそうです。
これを「この近辺では自転車のパンク被害が多発しています。ご注意ください」とすればどうでしょうか。自転車の持ち主からすればパンク被害にはあいたくないので、「ここには自転車を停めないでおこう」と考える可能性が高くなりそうです。なお、ここでは実際にパンク被害が多発しているかどうかは問題ではありません。
前者が、禁止を通告し上から押さえつけるような内容であるのに対して、後者は自転車の持ち主に対してアドバイスをするという構造になっています。前者は敵対視される可能性がある一方で、後者は味方と感じられます。
どちらの伝え方も、無断駐輪を減らすという働きかけがありますが、自分の要求を直接的に示すよりも、相手にとっての損失・嫌なことを提示する方が、最終的には自分の望んでいる結果につながりやすいということになります。
なお、さきほどのマシンの使い方の例で言えば、「勢いよく下ろすと怪我をしやすくなるので、もう少しゆっくりと下ろしてもらった方が良いと思います。」という感じになります。
相手にとってのデメリット=怪我をする、ということを伝えることでマシンの扱い方が丁寧になり、結果的にこちらの要求が実現したことになります。
どう思われたい?あるいは、思われたくない?を考えてみる
この記事を考えているときに、題材としてちょうどよい動画がアップされていましたので、そちらを紹介します。
メッセージの内容としては、「ハロウィンでの迷惑行為はやめましょう」です。ただ、この動画が優れているところは、その要求をストレートに伝えるのではなく、相手の嫌なことを提示し、それを回避させることで、結果的に望む方向へ誘導するような構成になっている点です。
迷惑行為をしている若者を「大人にケツ拭かれて楽しんでるうちは、まだまだお母ちゃんにオムツを替えてもらってる赤ちゃんと同じ」と例えて、幼稚であることを提示し、大人として迷惑かけずに楽しむ方がカッコイイということを示しています。
幼稚であると言われて嬉しい人はほとんどいないでしょうから、嫌なこと(ダサい、幼稚と思われる)を回避したいと考えるのが自然です。そして、カッコイイと思われたいのが自然でしょう。その結果、行動を改める人が出てくるかもしれません。
もちろん、伝え方だけですべてが解決することはありませんが、「ゴミは持ち帰れ!」や「迷惑行為はやめろ!」と言うだけでは、おそらく何も響かないであろうところを、嫌なことを回避するという視点で発信したことで、すこしは行動を改める人が出てくる確率が高まったのではないかと思います。
「赤ちゃんとしてバブバブ言いながら参加するか、大人としてカッコ良く楽しむか、どないする~?」
また、最後にはどっちにするか選択の権利を相手に委ねています。「~しなさい」と言われると押しつけられた感覚になりますが、「どっちにする?」と選択権を与えられて自分で選んだ場合、反感を抱きづらいものです。
この動画が迷惑行為を行う若者たちに届くかどうかは別問題として、「伝え方」という視点で着目したときに、絶妙な上手さを感じるメッセージでした。
不誠実になってはいけない
自分のお願いを通したいときには、相手の頭の中を想像して、嫌なことを回避する構成にすれば、成功確率が上がるという話をしましたが、間違った使い方をしないように注意する必要があります。少しテーマからは外れますが、大事なことだと思うので書いておきます。
“成約させるテクニック”の勘違い
パーソナルトレーナーで、セッションの予約を取り付ける営業テクニックとして、「このジムに入会されている7割の方がパーソナルトレーニングを受けられていますよ。」と声をかけるというのを聞いたことがあります。
このように聞くと「みんなが受けているのなら、パーソナルは受けた方が良いものなのだろう」という集団心理や、「みんな受けているものを自分も受けないと損をすることになるかもしれない」という損失を避けたい心理が働き、パーソナルを受けようという気持ちになりやすいことは確かです。
しかし、この話の問題は、実際には7割の方がパーソナルを受けているという事実がなかったことです。
つまり、相手を騙していることになります。さきほどの無断駐輪の場合は、そもそも無断駐輪という行為自体が減らされるべきものなので、対抗策としてあのような表現をすることは許されると思いますが、今回は訳が違います。
不誠実なことをして自分が利益を得ていると、必ずその報いがあります。不誠実な行いは、相手だけではなく自分を欺く行為でもあり、自分の自信を削ぎ落し、いずれそのことは露呈します。
上記のような声かけは短期的には売上はあがるかもしれませんが、長期的にみれば、いずれ不利な立場をみることは間違いありません。
さいごに、書籍『超訳 ニーチェの言葉』より、私の好きな文章を紹介しておきます。大学生の頃に、これを読んで以来、ずっと大切にしているものです。
自分しか証人のいない試練
自分を試練にかけよう。人知れず、自分しか証人のいない試練に。
たとえば、誰の目のないところでも正直に生きる。たとえば、独りの場合でも行儀よくふるまう。たとえば、自分自身に対してさえ、一片の嘘もつかない。
そして多くの試練に打ち勝ったとき、自分で自分を見直し、自分が気高い存在であることがわかったとき、人は本物の自尊心を持つことができる。
このことは、強力な自信を与えてくれる。それが自分への褒美となるのだ。
『善悪の彼岸』ー超訳 ニーチェの言葉, 232
まとめ
専門知識をどれだけ勉強しても、伝え方を誤るとスムーズかつ平和に仕事が進まないということは、おそらく皆が経験的に感じていることだと思います。
冒頭でも書いたように伝え方のテクニック的な部分だけを訓練しても、肝心の伝える中身がスカスカだと、何の意味もないということは過去の記事で紹介しました。
「指導に深みが出る」とは?|「言葉にできない」ことは、「考えていない」のと同じである内なる言葉を育てることと伝えるテクニックの習熟、この両輪が揃えば物事がスムーズに進みやすくなるのだと思います。