静的ストレッチと筋肉痛―予防と回復に対する効果

フィットネスクラブに通う一般の方々が、運動前後にストレッチを行う理由のひとつに筋肉痛の予防を挙げる方は多いと思います。

その一方で、トレーナー業界の人間であれば、「ストレッチに筋肉痛の予防効果が無い」という情報をご存知の方も多いことと思います。

実際に、2011年時点の信頼できるレビュー論文において、「運動前後のストレッチは、筋肉痛の予防に効果的ではない」と結論づけられているので(1)、ストレッチに筋肉痛の”予防”効果が無いという表現は正しいということになります。

しかし、表現が少し曖昧になって「ストレッチは筋肉痛に効果が無い/意味がない」という言い方になると、これにはいくらかの不適切さが生じると思っています。

今回の記事では、運動前後のストレッチが筋肉痛の発生に与える影響と、筋肉痛からの回復に対する効果について考察していきます。

ストレッチは筋肉痛を予防するか?

書籍「リカバリーの科学」には、ストレッチの筋肉痛(Delayed-Onset Muscle Soreness : DOMS)予防効果に関する情報が記述されています。

ストレッチングはDOMSに対し、いかなる影響をもたらすのであろうか。これまでにこの疑問を解くために多くの議論がなされてきた。主な研究をまとめた学術的なレビューもいくつかある。

例えば、McGlynnら(1979)の研究やHerbertとde Noronha(2007)のレビューがあるが、ほぼ同様の結論が導き出されている。

すなわち、それはストレッチングを高強度筋活動の前あるいは後に実施してもDOMSは軽減できないか、直接的な効果は得られないというものであった。

リカバリーの科学, p72-73

上記のリカバリーの科学では2007年のHerbertのレビューが引用されていますが、より新しいレビューが2011年に出されていますので(1)、そちらを確認したいと思います。

Stretching to prevent or reduce muscle soreness after exercise

Herbert RD, de Noronha M, Kamper SJ.

2007年のコクランレビューのアップデート版である本レビューには12の研究が含まれた。前回のレビュー時よりも、新たに2つの研究が追加された。そのうち1つは大規模な調査であり、2377人の被験者をリクルートしたものであった。

結果として、エクササイズ前のストレッチは翌日の筋肉痛の程度を100段階評価で平均0.5ポイント低下させた(mean difference -0.52, 95% CI -11.30 to 10.26; 3 studies)。

エクササイズ後のストレッチは翌日の筋肉痛の程度を100段階評価で平均1ポイント低下させた (mean difference -1.04, 95% CI -6.88 to 4.79; 4 studies)。

大規模な研究の報告によると、エクササイズの前後にストレッチをすることで、筋肉痛の痛みのピークを100段階評価で平均4ポイント減少させた(mean difference -3.80, 95% CI -5.17 to -2.43)。この効果は統計学的に有意であるが、非常に小さな効果である。

本レビューの結論としては、エクササイズ前・後もしくは前後両方にストレッチを行ったとしても、筋肉痛の予防に関して臨床的に意味のある効果を得ることはできないと考える。

個人的感想

2011年のレビューも、2007年にHerbertらが発表したレビューから結論に変わりはありませんでした。静的ストレッチを運動前、運動後あるいは運動前後に行っても、筋肉痛の発生を抑制することはできないと結論づけられています。

痛みの度合いのわずか数ポイントの変化(100段階中)は、統計学的には有意であったものの、臨床的な意味合いは、ほぼゼロであると示されていることから、ストレッチに筋肉痛の予防効果を求めるのは難しいと考えられます。

また、このレビュー発表以降の2014年にも、「PNFストレッチと静的ストレッチは筋肉痛の予防に貢献しない」という内容の報告があります(2)。

 

 

筋肉痛の痛みを和らげることはできる

静的ストレッチを行うことで筋肉痛を予防することは難しいかもしれませんが、筋肉痛が発生してからのアプローチとしてストレッチが有用である可能性は、まだ残されています。

Matsuoら(2015)は、エキセントリックエクササイズを行った2日後に筋肉痛が発生してから、対象となる筋への静的ストレッチを行ったときの効果を調査しました(3)。

エキセントリックエクササイズを行ったことでダメージを受けた部位は、筋力の低下、関節可動域の低下、筋肉痛=主観的な痛み(VAS)の増加が観察されましたが、静的ストレッチを施すことで、関節可動域の改善と主観的な痛みの軽減が得られました

静的ストレッチを行うことで筋肉痛の痛みを一時的に軽減することができる

ただし、この研究ではストレッチを行った60分後までしか測定されていないので、ストレッチによる効果が、どのくらい持続するのかについては明らかではありません。

筋肉痛が生じている部位に対して静的ストレッチを行うことで、痛みを軽減できる可能性についてはReisman(2009)らによっても報告されています(4)。

筋肉痛からの“回復”をどう定義するか?

筋肉痛が生じることによって、筋力や関節可動域の一時的な低下、さらに痛みの程度によっては日常生活に支障が出ることもあるかもしれません。

このような筋肉痛による体力要素低下からの回復を促すために、静的ストレッチが有効であるか?という問いに対しては、「回復」の定義によって答えが変わるだろうと考えています

先ほどのMatsuoら(2015)の報告を参考にすれば、エクササイズでダメージを受けた筋に生じた筋肉痛によって、筋力と関節可動域の低下が観察されましたが、静的ストレッチを行うことによって、筋力は変化無し、関節可動域は改善、痛みの程度(VAS)は減少ということでした。

ということは、回復の定義を「一時的な筋力低下からの回復」と定義した場合は、筋肉痛が生じている筋に対して静的ストレッチを施しても、「回復効果は得られない」ということになります。

一方で、回復の定義を「一時的な関節可動域低下からの回復」もしくは「筋肉痛の主観的な痛みの緩和」と定義した場合は、筋肉痛が生じている筋に対して静的ストレッチを行うことで、「回復に寄与する」と言えると思います。

冒頭で述べたように「ストレッチは筋肉痛に効果が無い」というように、すべてのシチュエーションを一緒くたにして言ってしまうと、場合によっては価値のあるものまでも切り捨ててしまう恐れがあるということを考慮すべきだと思います。

多くの一般の方にとっては、「筋肉痛が治る」というのは「痛みが軽減する/無くなる」ことを意味していることが多いと思います。

痛みの感じ方は人それぞれですし、どの程度まで痛みが和らげば治ったと判断するかも個人差があるわけで、非常に主観的と言えます。

ゴールそのものが主観的なのですから、その人がストレッチに回復効果を”感じている”のであれば、それはそれでニーズを満たしていると言えるかもしれません。

ストレッチは簡便かつコストがかからないという点も含めれば、筋肉痛発生時に痛みを和らげるためのアプローチの1つとして推奨できるのではないでしょうか。

主観的な痛みが軽減することは研究でも報告されているわけですから、デタラメなプログラム処方ということにもならないと思います。

(ただし、競技選手等で、客観的な指標の改善が求められる場合は、リカバリー戦略として他のアプローチが優先されるべき可能性が高いことにご注意ください。)

 

 まとめ 
  • 運動前後にストレッチを行うことで筋肉痛を予防することは難しい
  • 回復の定義によって、適切なアプローチは異なる
  • 筋肉痛が生じている部位をストレッチすることで、低下した柔軟性の回復および痛みの緩和効果は期待できる

 

参考文献

  1. Herbert, R. D. & de Noronha, M. Stretching to prevent or reduce muscle soreness after exercise. Cochrane database Syst. Rev. CD004577 (2011). doi:10.1002/14651858.CD004577.pub3
  2. McGRATH, R. P., Whitehead, J. R. & Caine, D. J. The Effects of Proprioceptive Neuromuscular Facilitation Stretching on Post-Exercise Delayed Onset Muscle Soreness in Young Adults. Int. J. Exerc. Sci. 7, 14–21 (2014).
  3. Matsuo, S., Suzuki, S., Iwata, M., Hatano, G. & Nosaka, K. Changes in force and stiffness after static stretching of eccentrically-damaged hamstrings. Eur. J. Appl. Physiol. 115, 981–91 (2015).
  4. Reisman, S., Allen, T. J. & Proske, U. Changes in passive tension after stretch of unexercised and eccentrically exercised human plantarflexor muscles. Exp. Brain Res. 193, 545–554 (2009).