先日、久保さんが以下のツイートをしていました。
普通に「高くジャンプして」と言うよりも外的キューイングとフィードバックを組み合わせた方が高く跳べるという研究。おもしろいのはフィードバック+カネで釣るもなかなかジャンプ高が上がってたこと。カネのチカラよ、、、、、https://t.co/3GH3xDZw8t
— くぼたかふみ (@smalldoemu) 2018年3月12日
なるほど、金銭的な報酬と運動パフォーマンスについては、あまり考えたことがなかったと思い、原文をチェックしてみました。
今回は該当する論文の中から、金銭的なインセンティブに関する部分だけ抜粋します。
Maximizing Performance: Augmented Feedback, Focus of Attention, and/or Reward?
MICHAEL WÄLCHLI, JAN RUFFIEUX, YANN BOURQUIN, MARTIN KELLER, and WOLFGANG TAUBE
Med Sci Sports Exerc. 2016 Apr; 48(4): 714–719.
まず、研究の内容を簡単に言うと、フィードバックや外的キューイングなど様々な介入を組み合わせた条件がカウンタームーブメントジャンプ(以下、ジャンプ)のスコアに与える影響を調べたものです。
以下のアプローチを組み合わせて 「aF」「RE」「aF + EF」「aF + RE」「 aF + EF + RE」の5条件を作り、NE条件と比較しました。
- NE(nerural condition):「出来る限り高くジャンプしてください」と被験者に伝える。
- aF(augmented feedback):被験者にはジャンプ後に、ジャンプ高の記録が表示される。
- RE(monetary reward):被験者は記録が高ければ高いほど、たくさんの報酬がもらえる。
- EF(external focus of attention):外的キューイング=腰に巻いたロープをできるだけ多く引き出すことに集中する
結果および考察
aF+EFとaF+EF+RE条件がとくに高値でした。RE条件はNE条件と比較して、統計学的有意差はありませんでした。
結論としては、フィードバックは内発的なモチベーションに作用し、外的キューイングは運動効率の改善に貢献すると推察され、この二つを組み合わせた条件が最もジャンプの記録を向上させたというものです。
金銭的報酬の効果は一貫しておらず、被験者間の差が大きいとのこと。
金銭的なインセンティブ(RE)は、外発的動機づけです。本研究においては、REを含む条件が特別すぐれた結果を出したわけではありませんでした。心理学的および経済的研究では、外的な金銭的報酬が内発的動機づけを損ない、パフォーマンスを妨げる可能性が示されています。
本研究においては、ジャンプ高の低下は見られなかったため、上記のケースには当てはまらなかったようです。つまり、金銭的インセンティブによる外発的動機づけは、ジャンプ高に対しては気にするほどの影響を与えないと言えるということです。
個人的感想
今回の論文を読んで、その内容云々よりも「ロウソクの問題」を思い出しました。
ロウソクの問題については以下を参照。
参考 高い報酬は最悪のパフォーマンスを生む!科学が明らかにした「アメとムチ」の弊害logmi
今回のジャンプのテストというのは、このロウソクの問題に倣えば、「単純な仕事」にあたります。この場合は、金銭的なインセンティブが害になることはなさそうです(人によってはプラスになる可能性も)。
しかし実際、競技のシーンでは状況はより複雑であり、明確な答えが提示されない中でプレーをしなければなりません。これを「クリエイティブな仕事」と捉えれば、金銭的報酬がネガティブに作用してしまう可能性も考えられます。
人々により良く働いてもらおうと思ったら報酬を出せばいい。ボーナスにコミッション、あるいは何であれ、インセンティブを与えるのです。ビジネスの世界ではそうやっています。
しかし、ここでは結果が違いました。
思考が鋭くなり、クリエイティビティが加速されるようにとインセンティブを用意したのに結果は反対になりました。
思考は鈍く、クリエイティビティは阻害されたのです。
この実験が興味深いのは、それが例外ではないということです。この結果は何度も何度も40年に渡って再現されてきたのです。
この成功報酬的な動機付け―If Then式に「これをしたら これが貰える」というやり方は、状況によっては機能します。しかし多くの作業ではうまくいかず、時には害にすらなります。
これは社会科学における最も確固とした発見の1つです。
そして、最も無視されている発見でもあります。
- ダニエル・ピンク
以上のようなことを考えると、ジャンプという単純な課題を行うのではなく、もっと複雑で思考力を要するパフォーマンス課題を指標にしたときの、金銭的報酬の影響が気になるところです。
また、報酬の額も関わってくる気もします。
実際に、今回の論文内でも「本実験での報酬額が、パフォーマンスの向上を引き出すには低すぎた可能性も否定できない」「最大報酬額は平均的な時給の水準をわずかに下回っていた」「より高い報酬額が、より高い結果を引き出すとの先行研究もある」と述べられています。
先日、男子マラソンの設楽悠太選手が日本記録を更新して、特別報奨金1億円を手にしたことが話題になりました。
設楽選手はレース後のインタビューで「最後まで(沿道から)『1億円取ってこい』って声を掛けてくれた方々がたくさんいたんで、しっかり頑張ることができました」と答えたそうで、もちろんこのことが記録更新の要ではないにしても、何らかのポジティブな影響はあった可能性があります。
お小遣い程度の金銭的インセンティブでは効果が無く、破格の報酬額であれば、秘めたる力が呼び覚まされるということも考えられます。
被験者が驚くような破格の報酬を用意した実験を行ってみてほしいところですが、研究費がいくらあっても足り無さそうなので、実現の望みは低そうです(実験後に「実は報酬の話は嘘でした」というのは倫理的に認められなさそう)。
今回の趣旨とはすこし異なりますが、報酬(金銭以外のものも含む)と運動学習については西さんが詳しくまとめてくれています。
参考 #78 「報酬」と「運動学習」について(リ)コンディショニングメモ