【論文紹介】言葉が持つイメージは身体活動に影響を与えるか:「老人」をイメージするだけで、歩行速度が遅くなる

心理学の分野では、ある事柄に対する固定観念(ステレオタイプ)を想起することが、その後の行動に影響を与えること(プライミング)が知られています。たとえば、「女性の方が、数学が苦手な傾向にある」という固定観念を利用するとします。被験者の女性を2グループに分け、数学のテストを受けてもらう際、一方のグループには数学のテストの前に、自分自身が女性であることを意識するような質問にいくつか答えてもらいます。すると、自分が女性であるということを意識づけられたグループの数学の得点は低くなる、というものです。この現象は、実際に先行研究で確かめられています。

言葉が持つイメージは、直後の身体活動に影響を与えるか?

プライミング効果に関する研究で、「老人」という概念を連想することが、直後の歩行速度に与える影響を調査したものがあります。

Automaticity of social behavior: direct effects of trait construct and stereotype-activation on action

Bargh JA, Chen M, Burrows L.
J Pers Soc Psychol. 1996 Aug;71(2):230-44.

乱文構成課題(バラバラの文字を意味が通るように並べ替える課題)によって老人のイメージを活性化されたグループ(例えば、alone、careful、retiredやFlorida=退職者に人気の移住先などの語句が答えとなる課題内容)と、老人をイメージしない内容で作成された乱文構成課題に取り組んだニュートラルな状態のグループを設定しました。この実験のメインは、課題終了後に実験室から退室して廊下を9.75m歩くときのタイムを調査することにあります(本当は歩行速度を調べる実験であることは被験者には知らされていません)。

結果は以下のとおりです。

図2

老人のイメージを活性化されたグループは歩行速度が遅くなっていました。つまり、言葉が持つイメージは、直後の身体活動に影響を与える可能性があるということです。ちなみに被験者は老人ではなく、大学生です。

実験結果をパーソナルトレーニングに応用するなら?

「男性の方が、身体が硬い」「女性の方が、力が弱い」「年齢とともに筋力が低下する」といった認識を、トレーニング直前に想起させるような会話を行うと、それらがROMや扱える重量に影響を与える可能性があるということです。もちろん、この実験からだけでは、どれほどの影響があるのかは明らかではありません。現場レベルでは気にしなくていい程度のものかもしれません。実際に、上記の実験(Barghら,1996)を二重盲検によって追試した実験では、同じ結果が得られなかったとして、実験者効果の影響の可能性があることも指摘されています。現象自体が否定されたわけではありませんが、容易に再現される現象ではない可能性もあります。

とはいえ、あえて運動に対してネガティブなイメージを想起する会話をする必要もありません。無用なリスクを回避するためにも、トレーニング前の会話は明るく活発な様子がイメージできる内容を選びたいものです。

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参考文献

Bargh, J. A., Chen, M. & Burrows, L. Automaticity of social behavior: direct effects of trait construct and stereotype-activation on action. J. Pers. Soc. Psychol. 71, 230–44 (1996)

Doyen, S., Klein, O., Pichon, C.-L. & Cleeremans, A. Behavioral priming: it’s all in the mind, but whose mind? PLoS One 7, e29081 (2012).