東京工科大学、三根先生らの報告です。マッサージを受けた直後、パフォーマンスはどう変化するのかを検討した初めてのシステマティックレビューです。
IS PRE‐PERFORMANCE MASSAGE EFFECTIVE TO IMPROVE MAXIMAL MUSCLE STRENGTH AND FUNCTIONAL PERFORMANCE? A SYSTEMATIC REVIEW
Koya Mine, Di Lei, and Takashi Nakayama.
Int J Sports Phys Ther. 2018 Aug; 13(5): 789–799.
背景
運動前のマッサージは怪我の予防や関節可動域の増加、筋力、パフォーマンスの改善などの目的で広く用いられている。
しかし、運動前のマッサージが筋力や機能的パフォーマンスに効果的かどうかを体系的にレビューした論文は見当たらない。そこで、現場のコーチたちの意思決定の手助けとなるように、それらの効果について体系的レビューを行うこととした。
結果
最終的に9本の論文がレビューに含まれた。研究の方法的な質を示すPEDroスケールは6本が低い質、2本が中程度の質、1本が高い質であった。
最大筋力への影響
非常に限られた先行研究に基づくと、フォームローラー等を用いたセルフマッサージは、ポジティブな効果をもたらさないことが示されており、中には最大筋力の低下を示唆する報告もあった。
垂直跳びへの影響
スウェーデン式マッサージやフォームローラーを使ったセルフマッサージは、垂直跳びの跳躍高に対して効果が無いか、低下させることを示す報告が見られた。
スプリントへの影響
質の高い論文は、15分間のスウェーデン式マッサージがスプリントパフォーマンスを著しく低下させたことを報告している1。他の論文も、効果なしもしくはネガティブな影響を示唆している。
バランスおよびアジリティへの影響
ポジティブな影響を示す報告は見当たらなかった。
マッサージの時間による影響
マッサージの実施時間の長短に関わらず、ポジティブな影響は見られないか、パフォーマンスを低下させるという結果が示されていた。
考察
非常に限られた報告に基づくと、比較的長め(9分以上)のマッサージは下肢筋力やスプリント、跳躍パフォーマンスにネガティブな影響を与える傾向にあると言える。
なぜマッサージが悪影響を与えるかは明らかではないが、いくつかの仮説がある。
筋長の変化
マッサージによって筋長が自然長以上になり、活動張力の低下が生じたという説
運動単位の低下
マッサージが一時的に機械的な閾値を増加させ、皮膚からの求心性インプットを減少させることにより、運動単位の動員が減少したという説
神経系要因
マッサージによる侵害受容性の入力は、拮抗筋の相反抑制をもたらす可能性があり、これは全ての筋を協調させる必要があるパフォーマンスを低下させたという説
副交感神経
マッサージによって副交感神経が有意になったことで、パフォーマンスが低下したという説
リミテーション
今回のレビューに含まれた研究は、筋力と機能的パフォーマンスへの即時的な影響を検討したものに限られる。そのため、その他のパフォーマンスへの影響については明らかではない。
実際の現場では、マッサージは選手の気分など感情面への効果も期待して取り入れられているため、実施の有無を検討する場合は全体的な効果を考えるべきである。
また、本レビューではマッサージの手法については分類することができなかったことや、上肢を対象にした研究を含んでいないこともリミテーションと言える。
現場への応用
本レビューに基づけば、アスリートの筋力や機能的パフォーマンスを向上させる目的としてウォームアップにマッサージを取り入れることは、再考されるべきである。
筋力やパフォーマンス向上についてはサポートしないものの、選手のニーズやクリニカルリーズニングに基づき、他の目的を達成するためにウォームアップにマッサージを実施することは正当化される可能性もある。
個人的感想
今回のレビューには、スウェーデン式マッサージのようにオイルトリートメントのものもあれば、フォームローラーを使ったセルフマッサージの研究もあるので、そのあたりの幅が広い点はご注意ください。
結果に対する基本的な考え方は以下の記事に書いたものと同じです。
【論文紹介】競技前のマッサージがスプリントパフォーマンスに与える影響リカバリーに関しては、色々なアプローチの中でマッサージが効果が高いということが報告されています2。しかし、だからといって、「運動前のマッサージはパフォーマンスが落ちるからダメ、運動後に行うのが良い」というようにルール化してしまうのは、個人的に適切とは思いません。
これは「運動前は動的ストレッチ、運動後は静的ストレッチ」というのと同じです。表面的なことだけにとらわれて、この呪文を覚えても何の意味もありません。
トレーニング前であっても、関節可動域を広げる目的などで短時間のマッサージや静的ストレッチを取り入れることはあります。
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原文でも再三、強調はされていますが、今回のレビューは限られた数の研究に基づいており、各研究の質が高くない点を考慮すると、今後よりコントロールされた研究が出ることが望まれます。
参考文献
- Arabaci R. Acute effects of pre‐event lower limb massage on explosive and high speed motor capacities and flexibility. J Sports Sci Med. 2008;7(4):549‐555.
- Dupuy, O, Douzi, W, Theurot, D, Bosquet, L, and Dugué, B. An Evidence-Based Approach for Choosing Post-exercise Recovery Techniques to Reduce Markers of Muscle Damage, Soreness, Fatigue, and Inflammation: A Systematic Review With Meta-Analysis. Front Physiol 9: 403, 2018.