トレーニング指導中の立ち位置と観察の役割

先日、S&Cコーチの河森さんのブログ記事で、指導中の立ち位置と姿勢について取り上げられていました。個人的に、このテーマはすごく大事だと思っているので、この機会に私も自分の考えを整理しておくことにしました。

まずは河森さんの記事をご一読ください。

参考 ウエイトトレーニングを指導するとき立ち位置と姿勢S&Cつれづれ

私も、基本的には横から観察することが多く、姿勢は下半身の種目の場合は片膝立ちが圧倒的に多いです。あとは、1セット目に右側から見たのであれば、2セット目は左側から見るといったように、両サイドから確認するようにします。このあたりは指導環境(ラックの配置等)や、そのときの施設の混雑具合によっては周りに気をつけながらということになります。

あとは、いくら観察のためだからといってセット中に周りを動き回ると、クライアントの集中の妨げにもなりかねませんので注意します。

横 or 後ろ +『距離』

「横か後ろか」ということに加えて、私が普段から意識しているのは「すこし離れてみる」ということです。

「離れる」ということに関して、浪人時代の英語の先生が教えてくれたことで、いまでも印象に残っている話があります。

それは、長文読解の授業での一コマでした。「問題に集中していると、どうしても用紙に顔が近づいていって、狭い視野で問題をみることになってしまう。でも、長文問題を解く上では、全体像をとらえるために俯瞰することが大事。この俯瞰というのは、意識・思考の上でというのはもちろんだけど、実は物理的に顔を離してみるというのも意外に効くことがある。」という内容です。

よく「問題を俯瞰する」などと言いますが、たいていの場合は思考レベルにおける俯瞰を指します。それはもちろん大事なことなのですが、それに加えて「物理的に離れてみる」というのを、私は指導中に取り入れています。ただし、離れると言ってもいつもより1、2歩離れる程度です。

これにより得られるメリットは、一度に観察できる要素が増えるということです。これはとても主観的な話になりますので、参考程度にしてください。私の中では以下のようなイメージです。

 

近距離で見ている場合

注目している箇所以外も視界には入っているものの、実際には認識できていないイメージ

少し下がって見ている場合

認識できる範囲が広がるイメージ

近くで見た場合

一歩引いて見た場合

 

近距離の場合は、「見えているようで実は見えていない」という状態です。つまり、視界には入っていたとしても、それはぼんやりとしか見えていなくて、活用できる情報として捉えられていないことが多いのではないかということです。

そこで物理的に一歩下がることで、認識できる範囲に入る部位を増やすことができ、視線をあちこち動かす場合と比べて包括的に動きをチェックすることができると思っています。

逆に、関節の位置などを1、2cm(場合によっては数mm)レベルでチェックしたい場合は、距離をつめて観察する方が分かりやすいと思います。

こういった理由から、私の場合は横から見る場合でも近い位置と、普段より1、2歩引いた位置から観察することがよくあります。おそらく、「何を見るか」が明確な方は、「横か後ろ」の選択肢に加えて、無意識的に「クライアントとの物理的距離」も調節しているではないかと思います。

「観察する姿」をクライアントは観察している

観察

売る側は、品質に対して非常に神経質だ。品質が良ければ、評判になると思い込む。しかしお客は、売る側ほど商品知識を持っていないから、品質について、正確に判断できない。そこでお客は、自分が違いを判断できるところで、全体の品質を判断する。

『口コミ伝染病』神田昌典,p.62

観察は、適切な指導を行うための手段のひとつとして大切なのですが、それ以外にもトレーナーが観察という行為に気を配るべき理由があると思っています。

それは、「クライアントはトレーナーが自分のことをちゃんと見てくれているかを気にしている=トレーナーが観察する姿をクライアントは見ている」ということです。

せっかくお金を払って、トレーナーをつけているのですから、しっかりとチェックしてほしいと考えるのが普通です。それなのに、指導中「横側一方向からしか観察しない」「ほとんど動かない」「後ろで立っているだけ」だと、「ちゃんと見てくれているのかな?」と不安になる人がほとんどでしょう。

これは、トレーナーへの信頼感に直結することで、トレーニングを継続してくれるかどうかにも関わる事柄です。

クライアントに「提供されているもの」はなにか

通常、トレーニングによる何らかの変化があらわれるまでには、中長期的な時間を要することが多いです。そうなるとクライアントは必然的に、「いま提供されているもの」によって、担当トレーナーの力量を判断するしかありません。

「いま提供されているもの」というのは、エクササイズテクニックに関するレクチャーなどの専門的な知識はもちろんのこと、身だしなみや表情や声のトーン、言葉遣いなどを含めた立ち居振る舞い、レスト中に話すちょっとした雑談の中で垣間見えるコミュニケーション能力など、言ってしまえば全てが含まれると言えます。

その「いま提供されているもの」の中で、専門知識についての質の判定は困難です。多くの方は「トレーニングについて知らない・分からない」から専門家の力を借りているので当然と言えば当然です。そうなると、クライアントは「自分で良し悪しを判断できる項目」で目の前のトレーナーを評価することになります。

どんな歯科医院がおすすめできる?

トレーニングとは別のシーンに置き換えて考えてみます。たとえば、はじめて受診する歯医者に行ったとします。良い医院かどうかは何を基準に判断するでしょうか。また、知り合いにすすめるときに何と言ってすすめるでしょうか。

おそらく「院内は綺麗で、スタッフはみんな愛想が良かった」とか「自分の歯の現状と、今後の治療方針を丁寧に説明してくれた(“丁寧に”というところが大切)」という内容になるかと思います(もちろん、他にも料金やアクセスの良さなども入ってきます)。

知り合いにすすめるときに「あそこの先生は歯を削るテクニックが秀逸だったよ」とか「今後の治療方針をAプランではなくBプランを勧めたのは、昨今の研究報告を鑑みると妥当な判断。だから良い歯科医院だよ」とは、ならないはずです。

これは、私たちは歯科の専門ではないので、治療技術や学術的な事柄についてコメントのしようがなく評価できないため、自分で比較・判断できる「愛想の良さ」や「親切さ」に評価基準を置いたためです。

つまり、最初の評価に大きく寄与する要素は、大きな括りでみたときの「いい人そうか、頼りになりそうかどうか」という点に依拠する場合が多いということです。(誤解のないように念のため書いておくと、専門知識の優先順位が低いということを言っているのではありません。専門知識はもっともコストをかけるべき最重要項目だと思っています。)

観察が担っている役割

話を「観察」のことに戻します。観察が担っている役割は、文字通りの「観察」だけではないということであり、「ちゃんと観察している」ということが伝わるようにするには、適切なタイミングでの頷きや、「(動作が修正されたのを見て発する)そうですね」という類の声かけ、姿勢など、色々と検討する必要がありそうです。

ただし、観察が「ちゃんと見ている感」を演出するためだけの道具に成り下がってはいけません。

私が言いたいのは、「トレーナーの立場で考えるとエクササイズフォームのレクチャー等の専門知識に意識が向きがちですが、クライアントの視点でみれば『観察する姿』自体も評価対象になりうる、だから『観察』という行為を軽視するべきではない」ということです。

まとめ

観察の一番の目的は、言うまでもなくフォームのチェックです。その目的を達成するためには、まず「何を確認しようとしているのか」を明確にし、そして「それを確認するためには、どの方向、どの距離、どの姿勢から見れば見やすいのか」を考えていく必要があります。

そして、それとは別の役割として、観察は継続して信頼関係を築いていくためには見落とせない役割も担っていると思います。そこまで考えを巡らせていくと、トレーニング指導の奥深さを感じずにはいられません。