【論文紹介】低強度のスタティックストレッチングはリカバリーを促進しうる

低強度のスタティックストレッチングはリカバリーを促進しうる

The effects of different passive static stretching intensities on recovery from unaccustomed eccentric exercise – a randomized controlled trial.

Apostolopoulos NC, Lahart IM, Plyley MJ, Taunton J, Nevill AM, Koutedakis Y, Wyon M, Metsios GS
Appl Physiol Nutr Metab. 2018 Aug;43(8):806-815. doi: 10.1139/apnm-2017-0841. Epub 2018 Mar 12.

この論文の報告を受けて、スタティックストレッチングのリカバリーに関する個人的な考え方を少し変更しました。論文の内容に興味のない方は後半の部分だけでも、ぜひご覧ください。

研究背景

先行研究においては、運動前後にスタティックストレッチングを行っても、筋肉痛の予防には役立たないことが報告されている(1)。しかし、それらの研究はスタティックストレッチングの伸張強度については規定されておらず、強度の影響については明らかではない。

目的

低強度スタティックストレッチングと高強度スタティックストレッチングのリカバリー効果を比較することを目的として、筋肉痛の痛みの推移、エキセントリックとアイソメトリックのピークトルク、血中クレアチンキナーゼ、C反応性蛋白を測定した。

方法

被験者

レクリエーションレベルのトレーニング経験のある男性(年齢25±6歳) 30名

実験スケジュール

ストレッチを実施する2群は、自宅で就寝前にスタティックストレッチングを行った。

スケジュール

 

スタティックストレッチング

3種類のスタティックストレッチングを行った。

  • ストレッチの種類:ハムストリングス・腸腰筋・大腿四頭筋

強度については以下のように設定した。

  • 低強度:Numerical Rating Scaleで3~4程度
  • 高強度:Numerical Rating Scaleで7~8程度

NRS

 

伸張時間は各部位につき60秒×3セットとし、すべてを完了するまでに約18分間かかる内容であった。

結果

凡例

アイソメトリックピークトルク


エキセントリック


痛みの推移

考察

この研究はスタティックストレッチングの伸張強度がリカバリー効果に与える影響を調査した初めての研究である。今回の結果によれば、低強度のスタティックストレッチングは、高強度やコントロール群よりも、筋痛を軽減させ、エキセントリックピークトルクを改善させる可能性が示唆された。

また、スタティックストレッチングの伸張強度の違いが、結果に違いをもたらすことが示されたことになる。

結論

高強度スタティックストレッチングとコントロール群と比較して、低強度スタティックストレッチングは筋肉痛や筋パフォーマンスの回復促進に、小~中程度の効果が期待できる。

このように、スタティックストレッチで筋肉痛を和らげることは、一般の方が定期的に運動を続けることに貢献するかもしれない。

個人的感想

これまでの研究に対して、疑問を投げかける報告でした。

統計学的に有意な変化があったものはエキセントリックのピークトルクに限られますが、筋痛やアイソメトリックのピークトルクに関しても低強度のスタティックストレッチングが有用である“傾向”は出ているので、この結果は一考の価値がありそうです。

この報告を最大限信用すれば、「リカバリーが目的でスタティックストレッチングを行う場合は、低強度で実施することが望ましい」ということになりますが、実際はもう少し報告が蓄積されるのを待ちたいところです。

なお、ストレッチと筋肉痛に関しては「筋肉痛が発生してから、スタティックストレッチングを行うと、その部位の主観的な痛みの軽減効果が期待できる」という報告はあります(2)

静的ストレッチと筋肉痛―予防と回復に対する効果

また、即時的なROMの増加に焦点を当てれば、高強度のストレッチの方が効果的であるという報告もあるため(3)、将来的には目的によって適切な伸張強度を選択できるようになることが理想です。

強度設定について

BIODEX等で最大ROMを測定し、それに対する割合でストレッチの強度を客観的に設定する方法もありますが、今回はNumerical Rating Scaleを使って強度を設定しているため主観的ではあります。

しかし、実際にトレーニング施設や自宅でストレッチをする際にBIODEXを使って角度を設定することはできないので、今回のようにNumerical Rating Scaleを使用した強度設定の方が現場に近いシチュエーションと考えることもできます。

メカニズムは分からない

今回の研究で、低強度のスタティックストレッチングはリカバリーを促進する傾向にあることが示されましたが、そのメカニズムは分かっていません。

仮説としては、低強度で実施することで、(筋へのダメージを与えずに)血行が促進され、リカバリーが進んだのではないかということが考えられますが、もしそうだとすれば、スタティックストレッチング以外の軽運動でも同様の効果が得られてもよさそうに思います。このあたりについては、もう少し報告が増えてこないと議論が難しいように思います。

トレーニングとは切り離して実施という選択肢を考える

今回の実験では、スタティックストレッチングは就寝前に行われました。ストレッチに要した時間は18分間であり、これは普段実施するにあたって、現実的な数値といえます。

トレーニング前のスタティックストレッチングに関しては否定的な報告が数多くありますが、今回のように実施のタイミングを(もちろん伸張強度も)考慮すれば有用になりうるということも考えていく必要がありそうです。

今回の報告を鑑みて、私自身の考えとしては「スタティックストレッチングのリカバリー効果については否定的な報告が大勢を占めているものの、それらの研究においてはストレッチの伸張強度が考慮されておらず、低強度の実施であれば筋パフォーマンスの回復促進が期待できるかもしれない。そのため、リカバリーの手段としてスタティックストレッチングを選択肢から完全には外さない。」という認識に改めることにしました。

参考文献

  1. Herbert, R. D. & de Noronha, M. Stretching to prevent or reduce muscle soreness after exercise. Cochrane database Syst. Rev. CD004577 (2011). doi:10.1002/14651858.CD004577.pub3
  2. Matsuo, S., Suzuki, S., Iwata, M., Hatano, G. & Nosaka, K. Changes in force and stiffness after static stretching of eccentrically-damaged hamstrings. Eur. J. Appl. Physiol. 115, 981–91 (2015).
  3. Freitas, Sandro R., Vilarinho, Daniel, Rocha Vaz, João, Bruno, Paula M., Costa, Pablo B., Mil-homens, Pedro.Responses to static stretching are dependent on stretch intensity and duration. Clinical physiology and functional imaging. 35, 478-84 (2015)