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「言葉にできない」ことは、「考えていない」のと同じである

言葉にできるは武器になる

「言葉にできる」は武器になる。の書評です。書店でタイトル買いした一冊です。

著者の梅田悟司さんは電通のコピーライターで、ジョージアの「世界は誰かの仕事でできている。」「この国を、支える人を支えたい。」や、タウンワークの「バイトするなら、タウンワーク。」などのコピーを考えた方です。

パーソナルトレーナーとして言葉を磨くことも必須ですから、仕事に活かせそうだと思って買いました。コピーライターから言葉のテクニックを学ぼうと思ったわけです。

しかし、良い意味で期待を裏切られました。この本は、綺麗な言葉やキャッチーな表現で人々の関心を引いたり、伝える力を伸ばすという話とは正反対をゆく内容でした。

本書は「人々の心を動かせるように、コピーライティングのスキルを磨きましょう!」という方向性のものではなく、「そういった小手先のテクニックに頼らず、もっと根本的な部分に目を向けましょう」という内容です。

本書の主張を端的に言えば

思考の深化なくして、言葉だけを成長させることはできない。(p.6)

言葉が意見を伝える道具であるならば、まず、意見を育てる必要がある。(p.26)

ということです。個人的には非常に腑に落ちる内容でした。

なにが言葉の重みを決めるのか?

本書では、一貫したキーワードとして「内なる言葉」というフレーズが登場します。内なる言葉とは「物事を考えたり、感じたりする時に、無意識のうちに頭の中で発している言葉(p.29)」と説明されています。

そして、言葉の重みや深さについて以下のように述べられています。

人々が相手の言葉に対して感じる、言葉が「重い、軽い」「深い、浅い」という印象は、内なる言葉と向き合うことによって、自らの思考をどれだけ広げ、掘り下げられたかに因る。その一方で、外に向かう言葉だけをどんなに鍛えたところで、言葉の巧みさを得ることはできるかもしれないが、言葉の重みや深さを得ることはできない。(p.32)

つまり、小手先のテクニックを習得するだけでは本質的な解決にはならず、内なる言葉と向き合う習慣を身に着けることが大切であるということです。

これは名著「7つの習慣」の人格主義個性主義の話に基づいているとも考えられます。人格主義とは、人生で成功するための原則を人格に取り入れて、長期的かつ本質的な成功や幸せを獲得する人生への取り組みのことです。

反対に個性主義とは短期的なテクニックなどで、目の前にある問題を一時的に緩和するような鎮痛剤的な人生への取り組みのことを指します。

トレーナーとして、内なる言葉と向き合う意義

「深さ」と聞いて、先日読んだ、ある記事が思い出されました。

自分で研究をやった経験があると、学術論文の読み方が格段に変わります。より一段、深いレベルで理解することができるようになるのです。(中略)たとえて言うなら、「自分自身でトレーニングをしないよりはしているほうが、トレーニング指導に深みが出る」というのと似ているかもしれません。

#407 S&Cコーチとして、大学院まで行って研究をやるメリットーS&Cつれづれ

これは本当にその通りだと思いますが、なぜ指導に深みが出るのか…、本書の主張に当てはめれば、「自分自身でトレーニングすること」が「意見を育てる行為」に当たるのではないかと考えました。だから、トレーニングをすることで指導に重みや深みが出るのではないかと。

しかし、自身の体を鍛えても指導力の向上が見えない人がいることも確かです。体が十分に鍛えられている=指導のクオリティが高いとは限らない、というのは自明のことと思います。

そのことを考えると、体を鍛えること自体が言葉の重みを増し、指導に深みをもたらす重要な要素というよりは、体を鍛えることを通じて内なる言葉に意識を向けるというプロセスが決定的な要素なのではないかという考えに至りました。

内なる言葉に目を向けることが大切

「内なる言葉」とは、あなたの視点そのものである。

内なる言葉と向き合うことは、自分の視点と向き合うことと同意である。そして、自分自身の視点に気が付くことが、外に向かう言葉を磨き、自分の言葉を持つ出発点になる。「あ、今、自分はこう思ったな」ということを意識した上で、「こんな言葉が頭の中に浮かんでいる」まで認識する。さらに「こんな時には、こんな内なる言葉が浮かびやすいんだ」まで把握する。そして、「こんなふうに考えることができるのではないか」へと考えを進めていく。(p.41)

さきほどの人格主義と個性主義の話に照らし合わせれば、トレーニングに関するテクニックを習得することは、確かに指導力向上の効果はあるかもしれませんが(というよりは専門職として当然のことですが…)、それは部分的な問題解決をもたらすものであり、さらに総合的に指導に深みを出すという点においては、トレーニングを通じて内なる言葉に目を向けて意見を育てることが欠かせないということだと思います。

分かっているつもりなのに、上手く説明できなかったという経験は誰にでも一度はあると思います。これは「言葉にできるほどには、考えられていない(p.35)」ということです。

また、分かっている“つもり”という状況に陥るのは「頭に浮かぶ内なる言葉は、単語や文節といった短い言葉であることが多く、頭の中で勝手に意味や文脈が補完されることで、あたかも一貫性を持っているかのように錯覚してしまう(p.34)」からです。

内なる言葉と向き合うことで、この「つもり」から脱することができると述べられています。

似たような内容を読んだことがあるな…と思ったら、度々の引用になりますがS&Cコーチの河森さんが書かれていました。

自分の考えがクリアになる

私が考える「ブログを書くことの効果」にはいろいろなものがあるのですが、その1つに「アウトプット型勉強法」としての効果があります。どういうことなのか?箇条書き形式で説明します:

  • 「なんとな〜く頭の中で考えていること」を文字化することによって、自分の考え方を整理してより具体的にすることができる
  • 考え方が整理され具体的になるので、他人に伝えやすくなる
  • 文字化した自分の考え方を読み直すことで、さらに磨きをかけることができる

#379 ブログを書くことの効果:自分の考えがクリアになるーS&Cつれづれ

 

それから、もう一つ。こちらはS&Cコーチ弘田さんの、言葉に関しての投稿。

安易な言葉をチョイスしない
 マーケットの世界において重要視される言葉の選択。これは当然、弘田が関わるアスリートスポーツの世界でも同じはずです。キューイングといった指導の声掛けのテクニックというレベルだけではなく、選手や技術コーチと接する際の言葉の一つ一つ。

安直な言葉で「逃げる」ことをせず、常にどんな言葉、どういった表現で伝えればもっとも伝わるのか、を考え抜く。

「評判」と「口コミ」から考える選択する言葉の重みー弘田雄士ブログ『夢は正夢』

これは一見、外向きの言葉を求めているようにも思えるかもしれませんが、「考え抜く」ということは、思考を深めるということであり、すなわち「内なる言葉」に目を向けているということに他なりません。

仮に良い表現を見聞きして、それを自分も使うことにするにしても、結局は自分で考えて意見を育てるというプロセスが抜け落ちていれば、「あなたの言葉はいつまでもどこかで借りてきたようなものになってしまい、迫力も説得力もないものになってしまう(p.42)」はずです。

わたしたちは「言葉」で人間性を評価している

人間は、相手の言葉に宿る重さや軽さ、深さや浅さを通じて、その人の人間性そのものを無意識のうちに評価している(p.21)

コミュニケーションのタイプ

業界を見渡したときに、説得力があって言葉も上手、そして胡散臭さがない方たちというのは、上の図の右上に属していることになります。そして、そういった方たちは圧倒的に「意見を育てる」ことに時間を費やしているのだろうなと思います。

時間を費やしているといっても、なにもデスクに向かって延々と考え込んでいるわけではなく、内なる言葉に意識を向けることが日常に溶け込んでいる、つまり習慣化しているということです。

言葉の重みや深さ、そして説得力という部分において、今までいまいちはっきりと見えていなかった領域が、非常にクリアに眺められるようになった一冊でした。