予約していた本が昨日届き、読み終えたので、個人的な感想を記録しておきます。
こちらの本は、WELQ問題をはじめに指摘したとされる朽木誠一郎さんの著書です。現在はBuzzFeed Japan Medicalにて、健康・医療分野の記者をされています。
昨年、多くの方にシェアされた記事、「命に関わる損をさせても「表現の自由」なのか 健康本を巡る出版関係者の思い」の執筆者でもあります。
本書は、「ネット時代の医療情報との付き合い方」というテーマで、朽木さんがこれまでの取材や執筆を通して得た知識・経験が綴られています。医療デマに騙される人がいなくなることを目的に書かれたものです。
経済合理性が騙す人を生み出す
そもそも、なぜ医療デマが生まれるのかという根源的な部分について、本書では「経済合理性」という言葉を紹介し、「ラクをして結果を得たい」という消費者の需要と、利益が見込めるのであれば、そこに商品・サービスを投入する企業の供給があるためだと考察しています。
そして、その経済合理性が暴走した結果が、WELQ問題というわけです。本書では、WELQ問題に続いて、ヘルスケア大学の事例、広辞苑のエピソード、さらにGoogleが抱える検索結果のジレンマについて紹介をしています。
このあたりの一連の出来事をご存知ではない方は、全体像を把握するためにも、本書は役立ちます。
既存メディアとネットメディア
第二章では、紙媒体のメディアとネットメディアについて、考察されています。『「本」というブランド』という表現が出てきますが、私自身は「本」のブランドというのは、すでに崩壊していると考えていて、以前、記事にしています。
「情報は,書籍化によって格上げされる」ということは無い本書(あるいは先に紹介した健康本に関する記事)を読めば、結局のところ書籍にもおおいに経済合理性が働いていることが分かります。
「本に書かれてある=信頼できる」は通用しないのです。
健康・医療情報のチェック方法
第三章からは具体的に情報の正確性をチェックする方法について紹介してあります。
正しい情報を判断するうえで、注意しなければならないこととして、以下のことが挙げられています。
「完ぺきに正しい情報」はない、ということ。(中略)あるのはあくまでも「現時点でもっとも確からしい情報」ということになってしまうのです。
p144
このことについては、以下の記事が参考になります。私よりも研究活動に通暁しているお二人の見解です。「現時点でもっとも確からしい情報」というのは、厳密に言えば、「現時点で、○○という条件下において、もっとも確からしい情報」ということになります。
研究で導き出せるのは限定的な関係性でしかありません。どんなに丁寧に研究をデザイン・実行しても、ひとつの研究で得られるのは「この環境、こういう被験者でこういう条件で実験を行ってみたらAがBを起こしました」という部分的な結論のみなんです。
(中略)ドットアートっていうのがありますよね。ひとつひとつの「点」をキャンバスに落とすことで大きな像を作るという。研究者が追いかける「普遍的事実」が全体像だとしたら、一つの研究はそれに貢献するかもしれない(しないかもしれない)一つの点に過ぎません。
「像」を完成させるのは、何千、何万人の研究者が何百年という時間をかけてポチポチポチと点を描き足していく必要があり、まぁそれはそれは気の遠くなるような作業なんです。
Nothing will ever be “scientifically proven”: 一流の人間が「科学的に証明された」という表現を嫌う理由。| Innervate The World!
3年もかけて研究をしたわりには、研究結果をもとに言えるのはそのぐらいのもんです。何か虚しい気がしないでもないですが、実際に1つの研究で解明できるのはほんの少しのことだけです。それをたくさん積み上げたものがいわゆる「科学的知見」とか「エビデンス」とか呼ばれるものになるのだと思います。
「最新」の落とし穴
また、第三章では「医療情報の5W2H」と称し、情報を判断するための基準が提案されています。
具体的な内容は、本書を手に取って確認していただくとして、ひとつ私が嬉しく思ったのは「禁止ワード」の項目で、「最新」という単語についての言及があったことです。
フィットネスの分野においても、「最新のトレーニング」「アメリカ発の最新メソッド」などという謳い文句を見かけます。一見すると、これはポジティブなワードのように思えますが、無差別にこの単語を受け入れるのは危険な思考だと私は思っています。
新しいもの、それは翻せば「まだ時の試練に耐えていない」と言うこともできます。決して、新しいものを否定しているわけではなくて(また、古くからあるものが必ず良い・正しいものとも限りません)、私が言いたいのは「最新のものこそ、グレーの部分が多い」ということです。新しいゆえに、分かっていないことが多すぎるのです。
常にアンテナを張り、新しい情報をキャッチし、知的好奇心旺盛に新しいものに接触していくことは素晴らしいと思いますが、それを自分の中に入れる段階で一度立ち止まり、慎重に吟味する必要があると思っています。
「吟味する」というコスト
慎重に吟味する態度を実現するためには、「メディアリテラシーを身に付けよう」という話になります。本書でも、第四章でメディアリテラシーについてページが割かれています。そこでは、「リテラシーを身に付けよう」と呼びかけることの限界ついて言及されています。
どういう限界かを簡単にまとめると、情報量が激増しているなかで、情報が正しいかどうかを疑い、調べて、結論を導き出すまでのプロセスは、非常にコストがかかるものであり、個々人がそこまでの労力を払う動機が見当たりにくいということです。
ここから本文を引用します。
しかし、世の中にはあえてそれを本業、生業としてきた仕事があって、それこそがまさにジャーナリズムでしょう。人々に疑い、調べ、比べる余裕がないなら、人々に代わってそれをおこない、権力や企業をチェックする中間的な、そして生活者の代理人のような存在だということは、歴史が物語っています。
p237
情報が溢れかえっている現代において、道すじを示すジャーナリズムとしての側面を、私たちトレーナーも兼ねていると思います。
だからこそ、私たちは職務の一環として、情報を吟味する手間を惜しんではいけないはずです。「有名トレーナーがおすすめしているから」「流行っているから」というだけの理由で、フィットネスに関する情報や何らかのエクササイズをクライアントに提供することは、その手間を放棄していることに他なりません。
クロを切り捨て、グレーを探る
健康や医療情報との付き合い方を考える上で、本書は「はじめの一冊」としておすすめできます。情報の信頼性というのは、単純に「シロ」か「クロ」に分けられるわけではなく、「シロ」から「クロ」へのグラデーションであることを認識し、大部分を占めるグレーを検証する習慣を身に付けたいところです。
まずは、本書に対しても、疑いの目を向け、内容を吟味し、情報を比較することから出発ではないでしょうか。「この本の著者は、デマを指摘している人だから信頼できそうだ」と考えて、本書の内容を鵜呑みにしてしまっては、本書の意味がなくなってしまいます。
朽木さん自身も、第五章で「個人でも組織でも100%信頼できるということはありません。私の好きな言葉に「To Err is Human」というものがあり、これは医療安全の格言でもあるのですが、「過つは人の常」つまり人は必ずミスをするものなのです。絶対にミスをしない人というのは存在しません。(p276)」と述べていますから、読者が本書の内容を鵜呑みにせず、吟味することも厭わないはずです。
これまでは、「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法がデタラメな情報に振り回されないための入門として良いと考えていましたが、さらにその前段階として、本書を読むと理解がスムーズかと思います。全く専門知識が無くても読むことができます。
なお、以下のリンク先では本書の「はじめに」の部分が特別公開されています。
参考 「健康になりたい人」と、それを「騙す人」の構造を変えるために 【健康を食い物にするメディアたち「はじめに」特別公開】BuzzFeed Japan