【論文紹介】グラストンテクニック(IASTM)が野球選手の肩の関節可動域に与える急性効果

野球選手の肩関節に対するIASTMグラストンテクニックの効果

ACUTE EFFECTS OF INSTRUMENT ASSISTED SOFT TISSUE MOBILIZATION FOR IMPROVING POSTERIOR SHOULDER RANGE OF MOTION IN COLLEGIATE BASEBALL PLAYERS

Kevin Laudner, Bryce D. Compton, Todd A. McLoda, Chris M. Walters
Int J Sports Phys Ther. 2014 February; 9(1): 1–7.

研究背景

オーバーヘッドの投球動作は、肩関節に大きな回転力と牽引力を生じさせ、骨および軟部組織の構造の変化をもたらし、最終的には怪我を招く恐れがある1。具体的には、野球選手は肩関節の外旋可動域の増加、内旋可動域の減少、投球側の水平内転の可動域の減少が報告されている。これらは肩の骨や軟部組織の適応の結果であると考えられる。

野球選手は、肩後部に繰り返し加えられた牽引力と、それらのタイトネスが原因で様々な肩の傷害が発生しやすい。傷害は投球側の肩関節の水平内転および内旋可動域の減少に関連して発生するため、先行研究において水平内転および内旋可動域を改善するための様々なストレッチングの効果が検討されてきた2-5

しかし、統一した見解は得られず、肩関節の可動域を改善するための最適なアプローチは明らかではない。さらに、それらの可動域制限を改善するための Instrument assisted soft tissue mobilization(IASTM)の有効性を検討した研究はない。

グラストンテクニックは、軟部組織の制限をローカライズして治療するための金属ツール(IASTM)の一種である。 グラストンテクニックの利用は、局所的な炎症反応を引き起こし、瘢痕組織を減少させ、軟部組織の制限がある人々の既存の瘢痕組織を破壊すると報告されている6,7

目的:肩関節の関節可動域に対するIASTMの効果は?

急性および慢性傷害に使用した場合のIASTMの有効性を示す研究はあるが8,9、現時点では肩関節の可動域および傷害の無い被験者に対するIASTMの影響に関する実証的データはない。 したがって、本研究の目的は、IASTMが、大学野球選手の肩関節水平内転および内旋の受動的な関節可動域に与える急性効果を調査することであった。

方法

35人の大学生野球選手が被験者として参加した。被験者の条件は、NCAAディビジョン1のチームに所属しており、直近6ヵ月以内に上肢の障害を経験していない且つ過去に上肢の手術を経験していない者とし、彼らをIASTMグループとコントロールグループのいずれかにランダムに分類した。

被験者

各群の被験者情報は以下のとおり(年齢・身長・体重)。

  1. IASTMグループ:20.1±1.2歳・189.3±11.2cm・94.1±22.2kg
  2. コントロールグループ:20.3±1.1歳・185.7±5.3cm・85.4±21.2kg

受動的な肩関節水平内転および内旋可動域を測定するために、デジタル傾斜計(The Pro 3600 Digital Inclinometer / SPI‐Tronic, Garden Grove, CA)を使用した。

肩関節の関節可動域の測定

IASTMグループ:グラストンテクニックによるトリートメント

IASTMグループはグラストンテクニックGT-4を用いたトリートメントを受けた。被験者はうつ伏せになり、投球側の腕は肩関節外転90°、肘関節屈曲90°、内外旋0°にした。さらに、被験者の上腕骨の下にタオルを置き、それが肩峰突起と同じレベルになるようにした。皮膚の摩擦を防ぎ、滑らかな施術を行うために、施術箇所にはエモリエントを塗布した。

検者は左手を使用して余分な皮膚と組織を肩甲骨の内側に寄せて、後部腋窩(三角筋後部、広背筋、大円筋、小円筋、棘下筋)の筋線維に平行および垂直方向にストロークを施した。IASTMツールを45°にし、グラストンテクニックが推奨するトリートメント時間に基づいて、筋線維と平行に約20秒、垂直に約20秒の合計約40秒の施術を行った。

IASTMグラストンテクニックによる肩関節関節可動域の改善

結果:肩関節水平内転ROM↑,内旋ROM↑

コントロールグループ(-0.1°)と比較して、より大きな改善が見られたIASTMグループ(11.1°)の水平内転可動域に有意な交互作用がみられた。また内旋可動域もコントロール群(-0.1°)と比較して、より大きな改善を有したIASTMグループ(4.8°)において有意な交互作用がみられた。IASTMグループに見られた肩関節水平内転および内旋可動域の改善は、小~中程度の偏イータ2乗を反映し、臨床的に有意な交互作用を示す標準誤差(水平内転1.6°、内旋2.0°)を超えていた。

IASTMグラストンテクニックによる関節可動域の変化

考察:IASTMは肩関節のROMを即時的に改善する

これまでの研究において、オーバーヘッドの投球動作は肩関節の構造的かつ機械的な変化によって関節可動域を変化させ、様々な肩の病変に関連することが報告されている。

肩後部のタイトネスを改善するための様々なテクニックの臨床的な有用性については、まだ相違が残っているが、本研究結果はIASTMの使用が野球選手の肩関節の水平内転および内旋可動域を即時的に改善しうることを報告した最初の研究である。

先行研究では、野球選手の肩関節の可動域を改善するための様々なストレッチングや徒手療法の急性効果について報告されている。

Laudnerらは、スリーパーストレッチの急性効果を調査し、大学生野球選手の肩関節水平内転および内旋可動域が増加することを明らかにした2。その研究では、30秒×3セットのスリーパーストレッチを行った結果、肩関節水平内転が2.3°、内旋が3.1°増加したと報告している。

同様に、Mooreらは、肩関節水平外転筋群に対するマッスルエナジーテクニックを一回行ったところ、水平内転の関節可動域が6.8°、内旋の関節可動域が4.2°増加したと報告している5。これらの先行研究と同様に本研究は、肩後部に対するグラストンテクニックの実施が水平内転(11.1°)および内旋(4.8°)の関節可動域を改善したことを明らかにした。

本研究にはいくつかのリミテーションがある。一つ目は、事前に決められたグラストンテクニックのツールを各被験者に使用したことである。多くのIASTMツールは、それぞれの患者のタイトネスがある組織に対して、適切だと思われる特定の方向で使用される。

しかし、本研究では被験者全体に対する介入の同質性を担保するためにストローク数、ストローク率、ストロークの方向は統一された。このように標準化された基本的なIASTMの施術が野球選手の肩後部に行われた。今回の実験では、グラストンテクニックGT-4のツールのみを、約45°の角度で使用し、被験者はリラックスした姿勢で施術を受けた。

しかし本来、IASTMツールは様々なツールや適用角度を使用し、関節可動域内での動作を伴いながら短縮したり弛緩した状態の軟部組織を治療することが推奨されている。今後の研究では、様々な異なる治療法を組み込んで、どの方法が関節可動域を改善する上で、最も効果的かを決定すべきである。

また、本研究では急性効果のみを検討したものである。そのため、長期間にわたって施術を繰り返したときの効果や、治療期間を終えた後、改善が維持されるかどうかについては今後の調査を待たなければならない。

結論

本研究では、IASTMによるトリートメントを一回行ったところ、肩関節の水平内転と内旋可動域が増加した。この結果は、症状の無い大学生野球選手の投球側の肩関節の可動域を改善するための方策として、IASTMの使用は有効であることを示唆している。

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参考文献

  1. Myers JB, Oyama S, Goerger BM, Rucinski TJ, Blackburn JT, Creighton RA. Influence of humeral torsion on interpretation of posterior shoulder tightness measures in overhead athletes. Clin J Sport Med. 2009; 19: 366–371
  2. Laudner KG, Sipes RC, Wilson JT. The acute effects of sleeper stretches on shoulder range of motion. J Athl Train. 2008; 43: 359–363
  3. Lintner D, Mayol M, Uzodinma O, Jones R, Labossiere D. Glenohumeral internal rotation deficits in professional pitchers enrolled in an internal rotation stretching program. Am J Sports Med. 2007; 35: 617–621
  4. McClure P, Balaicuis J, Heiland D, Broersma ME, Thorndike CK, Wood A. A randomized controlled comparison of stretching procedures for posterior shoulder tightness. J Orthop Sports Phys Ther. 2007; 37: 108–114
  5. Moore SD, Laudner KG, McLoda TA, Shaffer MA. The immediate effects of muscle energy technique on posterior shoulder tightness: A randomized controlled trial. J Orthop Sports Phys Ther. 2011; 41: 400–407
  6. Melham TJ, Sevier TL, Malnofski MJ, Wilson JK, Helfst RH, Jr. Chronic ankle pain and fibrosis successfully treated with a new noninvasive augmented soft tissue mobilization technique (astm): A case report. Med Sci in Sports Exerc. 1998; 30: 801–804
  7. Gehlsen GM, Ganion LR, Helfst R. Fibroblast responses to variation in soft tissue mobilization pressure. Med Sci in Sports Exerc. 1999; 31: 531–535
  8. Aspegren D, Hyde T, Miller M. Conservative treatment of a female collegiate volleyball player with costochondritis. J Manipulative Physiol Ther. 2007; 30: 321–325
  9. Hammer WI. The effect of mechanical load on degenerated soft tissue. J Bodywork Movement Ther. 2008; 12: 246–256