先日ツイートした論文のフルテキストの紹介です。ツイート内では、なぜか勘違いして「バスケ選手」と書いていますが、正しくは「野球選手」です。完全に見間違えたままツイートしていました。お詫びして訂正いたします。
【新着文献】ヒップスラスト(HT)に関する研究。
トレーニング経験のある大学生バスケ選手を対象に、HTを週3×8週間実施の結果、スクワットとHTの挙上重量は30%以上増加。
一方で垂直跳・立幅跳・30m走の記録は変化無し。https://t.co/ERCg13BYfl pic.twitter.com/Wzqj8dNB19— 中島健太郎 (@_knakashima_) 2017年6月30日
Contents
Effects of Hip Thrust Training on the Strength and Power Performance in Collegiate Baseball Players
Kun-Han Lin, Chih-Min Wu, Yi-Ming Huang and Zong-Yan Cai
Journal of Sports Science 5 (2017) 178-184 doi: 10.17265/2332-7839/2017.03.006
背 景
股関節は下半身で最も大きく最も力強い関節である。股関節の屈曲伸展動作は、座ったり立ち上がったり、歩いたり走ったりする日常動作で大事な役割を担っている。また、体幹のコントロールにも関わっている。殿筋群の筋力が弱いことは腰痛や膝痛にも関係していると言われているため、殿筋群を強化することは大切であると考えられる。
また、日常動作だけではなく、股関節の伸展動作はスプリント、ジャンプ、様々な競技動作に重要でもある。
ヒップスラストエクササイズはアメリカのS&Cコーチであるブレット・コントレラスによって紹介された比較的新しいエクササイズである。このエクササイズは股関節伸展の筋力を向上させることにフォーカスしている。
ヒップスラストに関しては外部記事を参照。
股関節伸展の筋力を高めることで、スプリント、ジャンプ、スクワットの能力など、競技パフォーマンスで重要な要素を高めることができると考えられている。
股関節伸展エクササイズ(ケトルベルスイング)を行うことによって、スクワットの挙上重量が増加し、爆発的パフォーマンスも向上したことが報告されている。しかし、ヒップスラストに関する研究は、限定的である。
コントレラスら(2017)は、青年期の男子を対象にした研究でヒップスラストあるいはフロントスクワットを6週間実施したときの効果を比較した。その結果、どちらもヒップスラストおよびフロントスクワットの挙上重量、ジャンプ、スプリントのパフォーマンスが向上した。
しかし、その研究はヒップスラストとフロントスクワットを比較することが目的であったため、コントロール群が設定されていなかった。さらに、被験者が青年期であることを考えると、他の年代の人でも同様の効果が得られるかは明らかではない。
そこで、本研究はヒップスラストが下肢筋力とパワーに与える効果について、より明確に調査することを目的とした。
方 法
研究デザイン
ランダム化比較試験の形式で行われた。レクリエーションレベルの大学生野球選手がヒップスラスト群とコントロール群にランダムに分類された。ヒップスラスト群の被験者は普段の野球トレーニング(野球の技術的なトレーニングおよび(実験期間中は)下肢を除いたストレングストレーニング)にヒップスラストを追加した。一方、コントロール群は野球トレーニングのみを8週間実施した。
すべての被験者はヒップスラストの経験は無い者であったが、スクワットは少なくとも1年間は実施した経験を有していた。加えて、スクワットは実験が始まる1か月前からは普段のトレーニングプログラムから除外した。
8週間の実験期間前後のスクワットの1RM挙上重量、ヒップスラストの3RM挙上重量、垂直跳び、立ち幅跳び、30mスプリントの変化を評価した。
被験者
20名の大学生野球選手が参加した。被験者は少なくとも、中程度のトレーニング経験(野球経験1年以上、筋力トレーニング経験1年以上)がある者であった。
各群のプロフィールは以下の通り。
- ヒップスラスト群10名:身長173.1±4.6cm、体重69.8±11.6㎏、年齢19.9±0.8歳
- コントロール群10名:身長175.2±6.2cm、体重69.3±15.5㎏、年齢20.4±2.1歳
実験手順
実験参加の2,3日前にトレーニング手順やテスト項目について慣れるための機会を設け、被験者は認定ストレングスコーチからスクワットとヒップスラストの正しいフォームのレクチャーを受けた。介入前のベースラインの測定は、10分間の動的なウォームアップのあと、垂直跳び、立ち幅跳び、スプリントを行った。さらに別日に、スクワットの1RMとヒップスラストの3RMの測定を行った。8週間後に、介入後の評価として同様の測定を実施した。
すべての被験者はスクワットの経験は最低でも1年あったが、ヒップスラストに関しては初心者であったことを考慮して、ヒップスラストは1RMではなく3RMを測定した。
ヒップスラスト群のトレーニング内容
毎回のセッションで、メインエクササイズのヒップスラストを行う前に、軽負荷でのアクティベーションエクササイズ(シングルレッグブリッジ、クラムシェル、四つ這いでのヒップエクステンション、サイドウォーキングwithスーパーバンド)を行った。各アクティベーションエクササイズは10回(あるいは往復)×1セットとした。トレーニングは認定ストレングスコーチによって監督され、股関節優位の動作が正しく行えるように指導された。
プログラムは以下のとおり。トレーニング頻度は週3回で、8週間のトレーニングプログラムは、それぞれ筋持久力・筋肥大・最大筋力の増加に焦点を当てた3つのステージに分類された。
我々はこのプログレッションをACSMのガイドラインに基づいて作成した。すべての被験者は、トレーニング期間は、普段の生活(活動量や食事)を継続するように指示された。
結 果
ヒップスラスト群はトレーニングの結果、スクワットの1RMとヒップスラストの3RMが統計学的有意に増加した。また、スクワットの増加率(31±15%)とヒップスラストの増加率(36±16%)は正の相関が認められた(r = 0.83, P < 0.05)。
しかし、垂直跳び、立ち幅跳び、30mスプリントは統計学的有意な改善がみられなかった。コントロール群はすべての指標に変化はみられなかった。
考 察
本研究は8週間のヒップスラストトレーニングが筋力とパワー系パフォーマンスに与える影響を調査した。主な結果として、本研究で行ったプログラムはヒップスラストとスクワットの挙上重量を増加させ得るものであったということと、ヒップスラストの挙上重量の増加とスクワットの挙上重量の増加には強い相関があったということである。しかし、ジャンプおよびスプリントパフォーマンスを改善させることはできなかった。
8週間のトレーニング後、ヒップスラストの3RMが増加したのは予想通りであり、このような増加は先行研究においても同様の報告がある(コントレラスら(2017)は6週間のヒップスラストトレーニングの結果、ヒップスラストの3RMが29.95%増加したと報告している)。
また、本研究においてはスクワットの挙上重量も増加した。注目すべきことは、今回の被験者は最低でも1年はスクワットの経験があったが、実験の1ヵ月前からはスクワット動作は日ごろのプログラムから除外されていたことである。
本研究ではバックスクワットの重量は平均で30.77%という劇的な増加を示した。先に紹介したコントレラスの研究では、フロントスクワットの挙上重量は6.63%の増加に留まっている。今回の我々の研究とコントレラスら(2017)の研究との相違は、実施したスクワットがバックスクワットとフロントスクワットという異なるタイプであったことに起因すると考えられる。
加えて、トレーニング頻度やトータルのセッション数も影響したと思われる。我々の研究は合計36セッションであったが、コントレラスら(2017)の研究は合計12セッションであった。
本研究では挙上重量が増加したにも関わらず、ジャンプやスプリントパフォーマンスは変化しなかった。このことは、さきほどのヒップスラストに関するコントレラスら(2017)の研究や、ケトルベルを用いたレイクら(2012)の先行研究と相反する。
この相違の、考えられる仮説としては、被験者特性とトレーニング様式の違いが挙げられる。まず、トレーニング様式に関しては、本研究では安全面を考慮して、バーベルは中程度の速度(挙上1秒、ホールド1秒、下降1秒)で動かすように指示した。速度特異的な適応を考えると、爆発的なパフォーマンスを改善するためにはエクササイズの動作速度も大事な要素となる。その点、我々が実施したヒップスラストは爆発的な動作を欠いており、パワー系のパフォーマンスを向上させるにはそぐわなかった可能性がある。
また、本研究では負荷を徐々に増やしていくプログラムであったため、パワーの向上が期待できる負荷でトレーニングを行った期間はわずかであったことも関係していると思われる。
さらには、動作速度とは関係なく、ヒップスラストは複雑なコーディネーションを含んでいない。一方で、爆発的なパフォーマンスはトリプルエクステンションといった複合的なコーディネーションを要求するものである。そのため、ヒップスラストのような股関節の伸展のみの動作は爆発的なパフォーマンスを改善する特異性を欠いていたとも考えられる。
コントレラスら(2017)の報告では、ジャンプおよびスプリントパフォーマンスの向上が報告されているが、被験者が青年期であったことが関係しているかもしれない。青年期は成長によって絶対的な爆発的パワーが向上する可能性がある。本研究は、経験がある成熟した野球選手が対象であったため、青年期と比べてパフォーマンスの変化が出にくかったのかもしれない。
今後はヒップスラストのプログラムにパワー系のトレーニングを組み合わせた場合などの検証が望まれる。
結 論
本研究で行ったヒップスラストのトレーニングプログラムはパワー系パフォーマンスに関しては影響を与えなかったが、ヒップスラストとバックスクワットの挙上重量は劇的に向上させた。そのため、このような筋力向上のトレーニング効果をジャンプやスプリントパフォーマンスに転化させるプロセスが必要かもしれない。
個人的感想
今回の結果から、ヒップスラスト(+殿筋群のアクティベーションドリル)だけをやっていても、(たとえ、最大筋力が向上していても)競技パフォーマンスは向上しないという可能性が示されたことになります。
パフォーマンスが変化しなかったというのは、一見すると良くない結果のように思えますが「筋トレをすると身体が重くなって、パフォーマンスが落ちる」といった類の負の俗説を退けるものと解釈することもできます。トレーニング期間が終了した時点で、パフォーマンスの低下は起きていなかったのですから、あとは筋力トレーニングで得られた筋力向上の効果を、パフォーマンス向上に結び付けられるようなプロセスを経れば、プラスに転じる可能性はおおいにあるということです。
このあたりは、S&Cコーチ河森さんの記事をご参照ください。
それから、本文の考察では、「我々の研究は合計36セッション」と記述してありましたが、トレーニング頻度は週3×8週間のはずなんですよね…。しかも、トレーニング頻度は本文内には記載が無いように思います(見落としていたら、すみません)。アブストラクトには「 Participants in the HTT group added HTT movements to a regular baseball training regimen (3 times per week for 8 weeks)」とあるので、週3と判断しましたが、どれが正しい数字でしょうか…。
ヒップスラストは、いつから日本でこれほど人気になったのか?参考文献
- Contreras, B., Vigotsky, A. D., Schoenfeld, B. J., Beardsley, C., McMaster, D. T., Reyneke, J., and Cronin, J. 2017. “Effects of a Six-week Hip Thrust versus Front Squat Resistance Training Program on Performance in Adolescent Males: A Randomized-controlled Trial.” Journal of Strength and Conditioning Research 31(4):999-1008.
- Lake, J. P., and Lauder, M. A. 2012. “Kettlebell Swing Training Improves Maximal and Explosive Strength.” Journal of Strength and Conditioning Research 26 (8):2228-33.