先日、以下の論文紹介のツイートをしたところ、論文の内容についてリプライをいただき、そこからコメントのやりとりに発展しました。この記事は、そのディスカッションの内容を残しておくことを主な目的としていますので、論文の内容紹介はごく簡単なものに留めています。あらかじめご了承ください。
【新着文献】ウォームアップで行う静的ストレッチは、連続90秒伸ばすのと、30秒×3回に分けるのとでは、その後のパフォーマンスに与える影響が異なるという報告。
この結果に従えば、分けて実施する方が良さそうということになります。https://t.co/ngOnoYwYTT pic.twitter.com/XnbmYuvkTu
— 中島健太郎 Kentaro Nakashima (@_knakashima_) 2019年1月14日
概要
今回の論文の内容を簡単に紹介します。上にあげた画像もご参照ください。
目的
静的ストレッチングを行うと直後のパフォーマンスが低下することは、すでに多くの報告がありますが、設定した秒数を連続的にストレッチするのか、何回かに分割してストレッチするかで、直後のパフォーマンスに与える影響が違ってくるのかを調べた研究です。
方法
被験者はナショナルチームに所属するエリート男子体操選手16名でした。
静的ストレッチングの対象は大腿四頭筋で、90秒連続伸張条件と、30秒×3セット(休憩30秒)の間欠的伸張条件が設けられました。
パフォーマンスの測定には片脚カウンタームーブメントジャンプ(CMJ)が用いられ、ウォームアップ直後・ストレッチング実施直後・ストレッチング1分後・2分後・3分後・4分後・5分後・6分後・8分後・10分後にジャンプ試技が実施され、経時変化も検討されました。
結果
著者らが強調するCMJの変化は次の通りです。コントロール条件と比較して、間欠的伸張条件において4分後に8.1%増加、一方で連続伸張条件ではストレッチング実施直後に17.5%減少しました。
なお、コントロール条件においても、4分後までは試技を重ねるごとに跳躍高が増加していき、4分後の試技ではベースラインと比較して有意に高い値を示しました。
結論
トータルの伸張時間が同じであっても、その実施様式の違いによって、パフォーマンスへの影響が異なることが示されました。連続伸張条件は、これまでに報告されてきたとおり、直後のパフォーマンスを低下させたため、ウォームアップとしての採用は避けるべきですが、間欠的に実施すればパフォーマンスに対してネガティブな影響は与えない可能性があります。
リミテーション
注意しておきたいのは、今回の被験者がエリート男子体操選手であったということです。非常に高い柔軟性と筋力を有している被験者ですので、静的ストレッチングに対する反応が一般人とは異なる可能性は大いにあります。
ディスカッション
さて、今回の記事のメインに移ります。リプライをいただいたのは、京都産業大学の男子バスケットボール部でS&Cコーチをされている池田克也さん(@WPC_ikeda)からです。池田さんは大阪体育大学大学院の下河内先生の研究室にて修士課程を修了されていて、研究分野としては主に垂直跳びのパフォーマンスについて深い知識をお持ちです。
以下、Twitterでのやりとりを、読みやすいように一部順序を入れ替えて転載します。
池田さん
興味深い知見でしたので私も論文を読んでみましたところ、いくつかの疑問を持ちました。
1.間欠的/連続的ストレッチとCMJを、左右別々の脚で行なっている
→同じ脚でないと比較できないのでは?
2.ストレッチ後4分までは、1分ごとにCMJを測定している →4分までのCMJの向上はストレッチではなく1分毎の跳躍による増強効果では? 間欠的の脚だけでなく連続的の脚も同様の向上が見られますし、コントロール脚においても4分までは向上している、つまり全て同じ傾向があるように見えます。
3.コントロール脚との跳躍高の有意差は、3および4分後にのみ見られている →3分まではストレッチによって跳躍高が向上するとは言えなさそうですし、3および4分後の有意差も、前述の通り間欠的ストレッチによるものとは考えづらい。
つまり、間欠的なストレッチが連続的なストレッチより高く跳べるのは、連続的ストレッチがストレッチ後の跳躍高を低下させたことに起因するもので、間欠的か連続的かに関わらず、ストレッチをしなかった場合と比べて跳躍高にプラスの影響を及ぼすとは言えないのではないか?という印象を持ちました。
そうですね。今回の結果はSSがパフォーマンスに与える影響は、トータルの伸張時間が大きな要因だと考えられていたところに対して、実施様式も反応を左右する要因の一つだと言うことを示したことが意義深い点だと思いますので、間欠的がパフォーマンスを向上させる、と結論づけるものではないと思います。
CMJに関して、山下さん@DYbrandコメント頂けませんか?片脚(というか別脚)実施のデザインは一般的なものなのかということと、コントロール群の増強効果をどう解釈したらよいか(CMJの一時的な増加は、間欠的SSによるものではないと判断されるほどインパクトのあることなのか)可能な範囲でお答え頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。
中島
CMJの測定に関することや、その結果の解釈に私自身詳しくないところがありましたので、国立スポーツ科学センター研究員の山下大地さん(@DYbrand)にコメントをいただくことにしました。
池田さん
山下さん
中島
池田さん
山下さん
池田さん
山下さん
コントロールで増強効果?が4分頃しかみられていないことを考えると、間欠的条件では何らかのポジティブな影響があったと考えても良いかと思います。ただしやはり増強効果?の影響と混ざっているので、間欠的ストレッチだけでなく、それをしてから2.3発跳ぶのが良い可能性もあります。
ROMのところを読むとそのあたり書いているかもしれませんが、ちょっと読んでないです、、、、なかなか複雑なデザインですねー。
ただ現場ではアップせずに跳ぶこともなければストレッチだけして跳ぶこともないので、今後の研究に期待、でしょうか。だれか今年あたりに間欠的ストレッチして4分レストでジャンプする実験してるんじゃないですかね?
中島
池田さん
継続的SSが筋出力を低下させることがCMJ低下の要因としている点や、間欠的SSがStiffnessを低下させずにROMを拡大したという点はわかるのですが、なぜ間欠的SSがcontrollよりも高く跳べたのか?という点は考察されていないと感じました。
結局のところ間欠的SSは継続的SSやストレッチなしの場合よりもCMJパフォーマンスが上がることはわかりましたが、なぜそうなるのか?は、分かりませんでした。時間がある時に参考文献も読んでみようと思います。
ちなみにROMについては、間欠的/継続的ともストレッチ後には同様のROM拡大があって、継続的SSはCMJ測定後までそのROMが持続した(間欠的SSはCMJ測定後のROMがストレッチ後のROMよりも減少した)とあり、ストレッチ効果は継続的SSの方が長続きするようです。
そう考えると、練習前には間欠的SSを行なってROMを拡大させる→スピード、ジャンプ、CODなどのドリルで爆発的筋力&パワー発揮を促進→本練習(練習中にも適宜の間欠的SSが有効か?)→練習後には必要に応じて継続的SSを行ない筋の柔軟性を保つ、という流れが良さそうですね(どこでもやってますね。
山下さん
例に漏れず、これのメカニズムも分からないですし、辻褄が合わないところも出てきますが…。SSのネガティブ効果は先行研究があまりに豊富なので、SSでパフォーマンス向上と主張することは容易ではなく、マイナスを回避する方法として使えるかも、くらいの態度がちょうど良いのかなと思ったりします。https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0765159716300442 … リスト3番目、Paz et al.の研究です。こちらの参考文献を辿ればリスト1番目、2番目のものもすぐ見つかるかと思います。
中島
池田さん
まとめ
実は、ツイートに添付した画像を作成しているとき、「結果」のところのグラフに「←連続伸張条件において、顕著な低下」という強調文をつけましたが、間欠的条件のRecovery time 4分のあたりにも「←間欠的伸張条件において、顕著な増加」というコメントをつけるか悩んだ末、つけなかったという経緯があります。
自分の中で、それを強調することへのぼんやりとした戸惑いがあったからです。スペースの関係で図には載せませんでしたが、コントロール条件においても(4分後のみですが)CMJが増加していたことも戸惑いを大きくした1つの要因です。今回、池田さんがまさしくその部分を指摘するコメントをしてくださり、「やっぱりここは引っかかるところだよなあ」というのを感じました。
フリーランスのパーソナルトレーナーとして現場での指導メインで活動していると、どうしても論文についてディスカッションする機会というのは稀になりますので、今回はとても良い機会になりました。やはり読むだけではなく、他の方と意見を交換することで圧倒的に理解が深まると感じました。
池田さん、フルテキストを読んだ上での丁寧なリプライありがとうございました。山下さん、カンファレンス発表前で非常に忙しいタイミングの中、貴重なコメントありがとうございました。また、このような機会があれば嬉しいです。