人間は合理的な判断をしているかにみえて、実は非常に不合理な存在です。しばしば誤った判断をくり返してしまいます。今回はトレーニング指導者が気を付けておきたい認知バイアスについて紹介します。
認知バイアスとは
認知バイアスとは、一言でいうと「思考の偏り」です。これが作用することで、事実を歪めて解釈したりしようとする心理状態に陥ります。
それでは数ある認知バイアスの中から、トレーニング指導者に関わりが強そうなものを見ていきます。
1.認知的不協和
人は矛盾を嫌い、一貫性を好む
自分の信念や、それまでの行動内容に矛盾するような「新しい事実」が突き付けられたとき、人は不快な感情を抱く。その不快感を解消するために、「自分の信念・行動」あるいは「新事実」のどちらか一方を否定しようとすること。
不協和が解消できないとき、新しい理屈を追加したり、それまでの思考を捻じ曲げて正当化しようとする。
例
自分が支持していたメソッド等が否定されるような情報に接したとき、そのメソッドの使用を控えるようになるか、それが出来なければ新事実を否定することを考える。あるいは新たなルールを追加して、そのメソッドの正当性を主張しようとする。
2.知識の呪い
知れば知るほど失われる
自分が持っている知識や情報を基準にして「相手もこれくらいのことは知っているだろう」と判断してしまうこと。自分がその分野に詳しければ詳しいほど、素人の気持ちが分かりづらくなる。
似たようなことが『「分かりやすい表現」の技術』という書籍に書いてあります。
あることに精通していく過程で、知識量は、増加していく部分だけではなく減少していく部分もあります。パソコンでいえば、習熟の過程で増加していくのはパソコンの知識であり、減少していく、つまり、失われていくのは初心者の発想なのです。(中略)「技術的スキル」と「表現スキル」はまったく別物なのです。それなのに「分かり過ぎて分からない」の認識が薄いため「精通者こそ説明適格者」がまかり通ってしまうのです。
藤沢晃治『「分かりやすい表現」の技術』講談社, p.73-76
例
全く知識の無いクライアントにトレーニング指導を行う際に、「どこまで噛み砕いて説明すれば良いのか」が分からなかったり、「クライアントが何を分からないと思っているか」を想像するのが難しい。
対策
周囲にいる専門外の人や初学者にビギナー視点の意見を求める。習熟した者でも「初学者からも学ぶことがある」というのは、正にこのこと。
あるいは、自分自身がまだ初学者のうちに、感じたことや分からなかったことをメモしておくと後々役立つかもしれません。
3.ハロー効果
本当の姿が見えなくなる
ひとつの強烈な印象に全体の印象が引きずられること。ある分野の専門家は、多少専門外のことにも詳しいだろうと感じてしまうことなども、ハロー効果が関係している。ハロー(halo)とは後光という意味。
例
- SNSのフォロワー数が多い人の意見は正確・信用できる、専門家として優れている、と判断する。
- トップアスリートが使っている商品は、プロも認める素晴らしい商品だと感じてしまう。
- あのトレーナーは有名人の指導歴があるらしいので、きっと指導力や知識量もすごいのだろうと思い込む。
対策
- 経歴や肩書きに惑わされないようにする。
- 指導歴などは偽っていたり、誇張して言っている場合があるという事実を知っておく。
- 必要以上に肩書きが多い場合などは、「小さい自分を大きく見せよう」としている意図を疑う(もちろん肩書きが多いからと言って、全員が全員怪しいわけではない)。
- 「権威」「公式」「認定」「推奨」「米国」などの単語を好んで多用する傾向があるので注意する。
- 「何か分からないけど、すごそう」という場合、意図的に「何か分からない」状態にして繕っているか、「実際によく分からない人である」ことが多い。
2018年7月にTwitterが行ったフォロワーのカウント仕様変更により、こちらのアカウントのフォロワーは7,8万人ほど減少していました。
4.保有効果
自分の物に愛着をもつ
自分が保有しているものの価値を過大評価する効果。また、一度保有したものを失うことを恐れること。
例
- 自分が使っているツールやメソッドを過大に評価してしまう。
- 取得した資格の更新をやめることが難しかったり、退会することで会員特典を失うことを恐れる。
あるいは、「経験」も保有していると考えれば、自分が経験したことは過大評価してしまうこともあると思います。例えば、海外留学や大学院での研究活動など比較的期間の長い経験はもちろんのこと、副業やファスティングなどの経験も該当するかもしれません。
経験者から話を聞く場合は、そのあたりを差し引いて考えることも時には必要です。
また、資格更新に関係していそうなバイアスにサンクコスト効果(コンコルド効果)というものもあります。これは、これまで投資してきたお金・時間・労力が、その後の意思決定に影響を与えることを言います。
例えば、もはや恩恵を受けていないと思われる資格も更新してしまうということがあるとすれば、それは「資格取得のために使ってきたお金や時間、努力がもったいない」という心理が働くからです。
5.スリーパー効果
時間が経つと、情報の信用性が上がる
情報と接した初期段階では、「誰が情報発信者か」ということが、その情報の信用性に大きな影響を与えます。しかし、時間が経つにつれて、「誰が情報発信者であったか」という記憶は薄れ、「どのような内容だったか」だけが残ることになります。その段階になると「自分の情報」として処理されるため、意図せず情報の信用性が高まることをスリーパー効果といいます。
対策
なぜ自分はその情報を信用しているのか?を考え、明確な理由が思いつかなければスリーパー効果が関係しているかもしれません。
6.バンドワゴン効果
人気のものは更に人気に
多くの人がそれを選んでいるからという理由で、自分も同じ選択をとる心理効果。メニューなどを吟味せずに、行列の出来ている飲食店を選ぶのはバンドワゴン効果が関係しています。
例
- 皆が受けているセミナー・資格講習は優れているだろうと判断する。
- 似たようなツールがいくつかある場合、ネットでの口コミが多いものを選ぶ。
対策
それを選んだ理由を考える。もし、「人気があるから」という理由しか思いつかなければ、行列の一員になっている可能性あり。
7.バイアスの盲点
あの人はダメだ。自分は大丈夫。
自分自身は偏見が少なく、公平な判断ができていると感じること。
対策
自分だけ、バイアスから免れた特別な存在ということはあり得ません。
まとめ
今回は、とくにトレーニング指導者としての活動に関係しそうなものをご紹介しました。まずは、人間は不合理な存在だということを受け入れることからスタートです。